続ノスタルジックなお話「流行り歌の慰」
2016-06-21 Tue 00:23
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カウントダウンTVだ~、
とコラボだ、ヒットメドレーだ~・・



(T^T)なんつ~謡番組にジャンルが少ない。



流行りのが中心で、
派手なパネルもスタジオにはない・・。




インターネットもまだないない、



・・・嗚呼、昭和30年代・・・




・・で、今日はこんなお話。


・・




今でこそ昭和謡という、
いわゆる懐メロ的な扱いになっているけれど、
ワタシの時代ではごく普通のメロディであって・・




奥村チヨ、チェリッシュ、
ダークダックス、タイガース・・



そんな感じが、
西野カナ、いきものがかり、
EXILE、三代目Jsoulbrothersなどなど・・




昔を今に変換すれば、
昭和謡だって現代と変わりはなかった。



・・ま、それはいつの世も当たり前だよね。





さてはて・・・



何でそんなの話題かといえば、
ワタシは一番優しい叔母
つまり父の妹でもあったS叔母さん -




ワタシたちはただ、年齢が近いため、
Sちゃんと呼んでいたけれど・・




いつも日曜の昼の歌番組、
『ロッテ歌のアルバム』なんかを聞くと、
同じくSちゃんとチャンネル権を争った、
『アンディ・ウィリアムス・ショー』を思い出したり。




。。



何で彼女を思い出すかといえば、

歌→Sちゃん→優しかった

→今は優しさが不足している


てな図式がふつふつと湧いて来たりするため。




彼女が違う家に嫁いでからというもの、
従姉Rのお母さん、
父の姉でもある伯母さんと、
ビミョーに違いはあるけど、
似たり寄ったりな過激さを持つ母と-




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お祖母ちゃん以下、子どもたちには、
かなりシビアな女性ばかりが残ってしまった。





「Rちゃん、
やっぱSちゃんがいないと寂しいよね」




いつもは平静な従姉も、
その時ばかりはワタシに同調した。




「それは言えてる」




(×_×)二人、いや妹と三人は・・


夕べ夕飯の席でお祖母ちゃんと伯母さん、
ワタシの母と夕食のおかずの好き嫌いで、
半端なバトルを繰り広げてしまい・・




せっかく少し盛り上がったのに、
一気にご飯が不味くなってしまったため、
ゲンナリしてしまったのだ・・。




そんな時にふと、
ロッテ歌のアルバムを一緒に見たり、
アンディ・ウィリアムス・ショーを、
楽しみにしていたのを懐かしく思ったからで、
良い意味でのムードメーカーで和んだ、
叔母を思い出したのだった。





。。



思えば願いは叶うもので、
それから何日か経った時のこと -
ワタシたちにはちょっと嬉しいニュースが。




「そういえば、Sちゃん、
旦那さんと日曜日に遊びに来るって」




何気に言った母の言葉は、
明日は土曜日という、
浮き足立ったワタシたちを更にウキウキとさせた。




『Sちゃんが遊びに来る』





・・それはハトコP宅にも伝わり、
叔母を個人的に好きだった、
Pのお兄ちゃんにも広まったようだ。


・・





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続ノスタルジックなお話 「酷寒の暖」
2016-02-24 Wed 00:22
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ご当地チーズケーキにチョコ万頭だ~、
抹茶バームクーヘンに生キャラメルだ~・・



(T^T)なんつ~土産物に種類がない、
せいぜいお饅頭やカステラか、
味覚にキャパも少ない時代。




・・嗚呼、昭和30~40年代・・・




・・で、今日はこんなお話。



・・




当たり前のようだけど、
クリスマスなど、
年末、年始の楽しいイベントが終わり、
ついでにお正月やどんと祭も終了した2月。




次の楽しみって、
だったら何よと言えば、
春休みのちょいまったりした日々だけだった。




ただ、
この数少ない娯楽欠落の時期だからこそ、
またやや違った楽しみがあったことはあった。





(* ̄∇ ̄*)それは食べ物!

しかも、暇な時期には、
たまたま父親のデパートの出張などもあり・・



これが特に、
そのお土産はワタシたち子どもには、
かなりの期待感を与えてくれたりもしていた。




季節ごとのお土産
そして夏のお中元、
冬のお歳暮の中身と言うのは、
大人には、
そのお返しなんかが大変だとは思うけれど、
何の責任も無い子どもたちに取っては、
包装紙から分かる中身でも
重たさでも一喜一憂したりして・・。





昭和30年代、40年代と言えば、
夏はカルピスやお菓子、
冬にもやはりお菓子系の物だったり・・



今はバターがたっぷりのクッキーが多いけれど、
あの頃はまだ泉屋のクッキーくらいが一番で、
カルピスと共に、
ちょっと固いクッキーの詰め合わせが来ると、
子どもたちは色めき立ったものだ。





・・のちのちにはこれに
メリーやモロゾフのチョコレートと、
ゴーフルが加わるのだが、
今でも泉屋のクッキーを見ると懐かしい。




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さてはて -


更に父のお土産は、
あちら問屋さんが用意した物も多く、
人気の無いのが佃煮とか、
今ならたぶんひなびた感じが美味しいだろう、
雷おこしも香ばしかったのだけど・・




子どもたちには、
その頃辺りから広く出回った、
メリーやモロゾフのチョコレートとか、
どこかのマドレーヌなどの
もっと小洒落た洋菓子が気持ちを踊らせてくれた。





「お母さん、何かの準備なの?」




「そうなのよ、明日、お父さん東京だから」




「え?出張行くの




「そ、日帰りじゃないけど東京だから
大した荷物にはならないけどね」





出張!一泊!東京♪・・・


なんてキーワードは、
帰りに何をお土産に持って帰るのか、
それだけで弛緩した日常に、
細やかな刺激を与えてくれたものだった。





「パパ、東京に出張だってよ♪」




噂千里を走る、
いや、ウチの中の百メートルくらいは走り、
ワタシたちはウキウキした気分になった。




お菓子、洋菓子、マドレーヌ、
どこかのケーキらしき菓子♪

明後日には食べ物が来る、
分からないけど、たぶんお土産がある。




単純なんである、たかがお土産一つなのに・・。



・・





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続ノスタルジックなお話「年末店屋物の罵」
2015-12-10 Thu 00:32
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有名シェフ監修おせちだ~、
イタリアンお重に豪華塗り物入りだ~・・



(T^T)なんつ~正月料理に種類がない、
小ジャレたお重なんて皆無な時代。



・・インターネットも無い不便な日々・・。



・・嗚呼、昭和30年代・・・




・・で今日はこんなお話。


・・



今はおせち料理は、
美味しく出来上がった物が、
そこそこ適度なお値段で売られているけど。



昔は毎年、お正月の支度やおせち料理は、
自宅でそれぞれ作っていたものだった。




まあ、現在のように買ってしまう方が、
少人数の家では意外と燃料費も必要ないし、
リーズナブルであったりもする・・。




。。



特にやたら人数が多かった
ウチのような家では、
少人数の家庭とは違って、

お祖父ちゃんお祖母ちゃん夫婦、

ワタシの父親と母親、

従姉Rとその母の伯母ちゃん、

ワタシと妹という八人もの
人数分のおせちを宅配に頼めば、
簡単に二倍もの料金がかさんでしまう・・。





なので毎年、
母はてんてこ舞い(死語の世界)となり、
適当に好きな食べ物だけに
気合いを入れるお祖母ちゃんとは、
つまらない小競り合いとなるの必至だった。





「これは○○屋で買えるけど、
お餅はあそこに頼んだ方が良いかな・・」




都合八人に加えて、
お祖母ちゃんの姉がたまに鎌倉からやって来たり、
お祖父ちゃんの兄が市内からやって来たり・・。




いやが上にも・・


いつもよりも用事や買い物は増え、
いわゆるヒステリーも起きるのも分からなくはない。




本当は新年くらいは静かに迎えたいし、
主婦としては出来るだけ
要らない用事は避けたいのは何時の世も同じ。




ただ、暇な祖父母が嫌味かと思うほどに、
要らん人を呼び寄せたりするから、
変わらない師走の風景が展開される訳なのだった。





昭和も40年代になれば、
近所の肉屋、魚屋、八百屋や何でも屋に加え、
皆さんには珍しくも無いスーパーマーケットが、
ここかしこに出来て来たため、
母親の気ぜわしい買い物の状況も、
少しは変わっていたのだけど・・。





「お祖母ちゃん、
白菜は高いから半分にしてもらいますよ」





(T^T)半分にする白菜という意味は、
祖母は白菜漬けを毎年、作っていたのだが、
でかい白菜を丸々1ダース、
つまり12個近く買わねばいけなくて -




何故かと言えば、
1ダースの白菜漬けを嫁いだ娘とか、
ハトコ宅とかに配るためなんだけど。




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大体、お祖母ちゃんが自分で、
掛けてもいない老齢年金が手に出来る時代、
お祖父ちゃんは勤勉だったから、
知人の旅館でアルバイトをしていたのに、
お祖母ちゃんはな~んにも家には入れず、
あぶく銭的に入る年金は全てヘソクリに回していた。





う・・・・




そう嫁に言われて、
一瞬ひるんだ祖母だったが、
上手なのは秋口の梅干しで得た、
鎌倉の親戚からのお礼のデパート商品券を、
母に提示して来たのであった。




「商品券三千円で買ってくれないかね」




むむ・・・・





昭和40年代の三千円は、
大体はその二、三倍の価値を持つ。




『Hの(妹)のオーバーコートが買えるか^_^;』




すかさず駆引きはお祖母ちゃん勝ちで、
母はオーバーコート代金と交換条件で、
仕方なく白菜1ダースを買うこととなった・・。





そんな大人の駆引きも何のその、
いわゆる一つの能天気な子どもたちは、
これからやって来るイベントの嵐・・




三人のお誕生日を兼ねたクリスマス
近所のキャンドルサービスも厳かな
教会のクリスマス会・・


そして待ちに待った
お年玉がもらえるお正月と、
トリプルに来る楽しみでウキウキしていた。


・・



大人たちが気ぜわしい中の土曜日、
近所の教会では、
聖書の教えを説く先生にワタシとRが呼ばれた。





「ねえ○ちゃんたち、
今年も何かクリスマス会でやってくれないかしら」





「え?今年もですか」



・・




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続ノスタルジックなお話「木の実の饗」
2015-11-04 Wed 00:14
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○ズニーランドに社会見学だ~
その辺の海外へ修学旅行だ・・・



(T^T)なんつ~、グローバルな行事が足りない、
みそ工場見学に、
近場のサーカス見物があるくらい。



ネットもSNSもありゃしない・・




・・・嗚呼、昭和30年代・・・




・・で、今日はこんなお話。


・・




11月と言えば -



文化の日前後に開催される、
いわゆる一つの学芸会の他には、
たまの文部省推薦の
(当時は文部科学省ではなかった)
楽しくなくはないけれど、
とても道徳の授業を彷彿とさせる映画・・。




そんな物しか思い浮かばず、
さして際立った行事が無いのでも、
ワタシはもちろんのこと
悪ガキ児童たちにも物足りない時期でもあった。




それより、
たまに自己啓発的効果を持つ秋の運動会で、
すでに燃え尽き症候群(かいな?)に
より近くなっている児童もいて、
気だるい雰囲気が学校には漂っていた・・。





楽しい楽しい来月のクリスマスに向けてとか、
お正月と冬休みへのカウントダウンにもまだ早い。



なので・・・


みんなと遊ぶにしても、
行事関連のドキドキワクワク感が少なかったり。




先生によっては、
枝に残る木々の落葉で、
持参したサツマイモで焼き芋を作り、

放課後になら・・
生徒たちに勉強がてら振る舞ってみたり・・。





( ̄∇ ̄*)でもそこはそれ、
ウチで深刻なのは嫁と姑、伯母とのバトルくらいで、
無責任な立場は変わらなかった・・。




従姉Rのように中学生にもなれば、
山のような各学科の宿題が頭を痛め、
それにクラブ活動も加わって、
また小学生とは真逆の試練が待ち受けているし。





「今のうちに勉強をするくせ、
つけていた方が良いよ
特に○ちゃんなんていい加減だからさ」





相変わらず冷静ではあっても、
Rは中学生になった時点で当たり前だけど、
小学生とは違う感じとなり、
ワタシはだったら小学生のまんまで、
少しばかり能天気に暮らしていたい気持ちだった。




が、確かに、
中学生という現場にいる彼女からの、
そのような助言は、
中の中くらいの学力で、
ふらふらしていたワタシの心の水面に、
いつも小石を投げていた感じではあった。





「勉強、たまにまともにやっておこうかな・・」





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さて-

秋にはちょっとだけ楽しみなことがあった。




寒くなるのは今と違って構わないけれど、
N公園でも、空地でも、
また、隣の夕方に酒に溺れる爺ちゃん宅でも・・



ウチの借家宅庭にも、
更にはハトコP宅がダントツの一番だったけど、
秋の実、果物がたくさん実り始めること。





まあ、ワタシには、
お月見にお祖母ちゃんが楽しみにしている、
梨やブドウやさつま芋や栗は全く興味がなく・・




それどころか、
さつま芋とか栗なんて、
40代になるまでは、
自ら好んで食べるという食べ物では無かった。





前に中秋の名月のお月見について、
書いたことがあったけれど、
大体、芋だの栗だの口に入れると、
恐ろしいくらい水分を吸うようなモノって、
大の苦手だったため、
殆どは妹や従姉や伯母さんたちにあげていたくらい。




余談過ぎるけれど、
栗ご飯はご飯に嫌いな栗が入っていたため、
分け与えられた栗はみんなにあげるため、
ワタシのご飯はただの栗なしご飯と化した。





・・梨どころか、
リンゴもあまり好きじゃなく、
M越の焼きりんごは大好物だったけど、
ブドウに至っては食べるのが面倒くさいので、
名月の食べ物は何も食べられず・・




昔は秋の月見と言えば、
ワタシにはお彼岸やお盆の大量なおはぎと共に、
好きでは無い食べ物を、
無理矢理食べなくてはいけないため、
嬉しくも何とも無かったことだけを覚えている。





(×_×)じゃあ、
果物と言えば全部がダメかと言えば、
中でも好きで食べられたのが、
水分を補給しなくても、
それ自体美味しく食べられたバナナ、
秋の柿と、みかん、春ならイチゴとさくらんぼくらい。




今ではそんなことは無くなったけれど、
実はさつま芋がもそもそしていたら食べない。





「で、じゃ何が書きたいんかい?」



そんなお叱りの声も聞こえて来そう・・・




中では柿はハトコP宅裏手にあり、
珍しくきちんと食用だったため、
大量に柿がなった秋にはそれが楽しみだった。



・・





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続ノスタルジックなお話「運動会バザーの力」
2015-09-15 Tue 00:21
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海外への修学旅行だ~、
USJにディズニーランドだ~・・



(T^T)なんつ~レジャーに種類がない、
映画会や運動会が花形だった頃。




もちろんインターネットも無い不便な日々。



・・嗚呼、昭和30年代・・・





・・で、今日はこんなお話。



・・




東北の夏休みは25日くらいで終わるため、
休み中の宿題も、
割りと早く提出することになる訳で・・





今年もまた、
母親泣かせな休みの課題の提出は、
またまた母親のプランが通り、
まるで毎年
親が自由研究や課題をこなしているかのようだ。





「あんたたち、毎回いい加減にしてよね!」



~とかナンとか言っていた母だったが、
9月になった時に彼女を小躍りさせる出来事が-




母が苦肉の策で、
頑張って片付けた妹の課題が賞を取り、
更にそれは小学校内の受賞ではなく、
市内の児童のコンクールだったため、
やたら気を良くしていたことがあった。





「ほら見なさい、お母さんの才能だね」





そんな得意げな母を見ながら、
従姉Rとワタシと妹は思った・・。




『叔母ちゃん、喜んでいるけれど・・』




『お母さんの文才は小学校低学年並み?』




・・だって、良く書けていても、
所詮、低学年に合わせたと言ってみても、
これが高校生の作文とか読書感想文だったら?


~なんて可愛くないことを、
密やかに考えるのでありましたが・・。





・・さて・・・



9月も中旬くらいになると、
来月の運動会の準備なんかに入る。





今だと簡略化された運動会が多いけれど、
のどかな昭和中期には、
家族でお弁当を持参して来て、
お昼休みには家族揃ってみんなでご飯を食べる。




更には、隣の児童公園には屋台が出たり、
近隣のお店がバザーを開いたりして、
運動会の競技やお昼ご飯の他に、
一年に一度の違った楽しみがあったのですね~。





徒競走とか、順番制を入れた先生が決める、
まさかのリレーの選手に抜擢なんてことだと、
ハラハラドキドキな待ち時間が苦痛だけど・・




( 〃▽〃)もし、そんな不運があったとしても、
その間やその後のバザーとか屋台を、
苦痛と引き換えにすり替え行為にし、
究極の娯楽と食欲を残しておく。




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おバカなようだけど、
こんな能天気な小学生にも、
かなりストレスに感じる事があったりするから。





「○ちゃんは何にするの?」




「うーん、冷凍イチゴは入れる」




バザーにはあらかじめ、
児童には希望の食べ物を選ぶように、
学校からプリントが渡される・・。




バザーの引き換え券を選ぶ時には、
ちょっとウチでは食べたことが無いような、
美味しい食べ物を選ぶことにしていた。





今なら大きなスーパーには、
冷凍のみかんだけでなく、
ブルーベリーやカットフルーツが沢山あるが-




あの時代、冷凍イチゴというのは、
運動会にしかお目にかかれないモノで、
ワタシはこよなく、
その冷凍イチゴを楽しみに、
嫌な競技やらリレーやら徒競走を、
我慢しながらこなしていたと思う・・。





・・すると、横からRが・・・




「いいよね~、小学生は
うちら中間テストになるんだよ
小学生に戻りたいなぁ、全く・・」





夏休みの大量な宿題の時と同じように、
フゥーッと深いため息をついて、
また再びウンザリしているのでしたが。





そんなのはどこ吹く風とばかりに、
妹とワタシは期待を胸に、
バザーの記入用紙に書く手が浮かれた。


・・




運動会の前の準備期間に、
ナンと、ちょっとした事件が起きた。




その時の担任が止せばいいのに、
リレー順番制を入れた先生で、
嫌な予感はしていたのだけど、
あいうえお順でワタシがメンバーに入ってしまった。





リレーのメンバーですが、
UさんEさんとOさんとKさんの四人です」





( ̄▽ ̄;)え゛ワタシもかいな?・・・




その日から、
バザーの冷凍イチゴどころではなくなった。





仕方がないけれど、
ワタシと共にあまりリレーに貢献しにくい、
Oさんこと、ヒロミちゃんと、
二人で悩みながら特訓をすることになった。


・・






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続ノスタルジックなお話「七夕祭りの泣(きゅう)」
2015-08-06 Thu 00:27
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温泉保養所のある臨海学校だ、
絶叫マシンに企画もののテーマパークだ~・・



(T^T)なんつ~、娯楽にキャパが無い、
夏休み中はプールとラジオ体操、
家族で海水浴がせいぜい・・。



インターネットもまだ何もないない



・・・嗚呼、昭和30年代・・・






で、今日はこんなお話・・・。


・・




普通なら七夕祭りは、
七月七日にあるべきものなのだが、
こちら仙台では1ヵ月遅れで、
八月七日に執り行われる事となっていた・・。




五日の前夜祭には花火大会が、
明けて六日、七日、八日と三日続けで、
仙台七夕祭りは開催されている・・。





昔っから商店街あげてのイベントは、
今は華美な感じに至っていて、
東北ウン大祭りの一つになって、
それはそれでまた、
地域的にも商業的にも意味があるとは思うけど。




あの頃にはまだその時代の静かな美しさとか、
商店街の皆さんが外注には頼らずに、
お店お店で、
手作りの飾りの個性を出していたのだった。




しかも・・・



七夕祭りで有名だった町なもので、
一般的な町内会の子供会では、
その間に飾る七夕の飾り付けを、
各町内で競い合うという、
ささやかながら、
ちょっと子どもたちにはワクワクする作業があった。





毎年の飾り付けは子供会に所属する、
各々の家庭が持ち回りで、
例えば子どもたちを自宅の茶の間や、
お金持ちの皆さまのお宅では広いリビングや、
客間に通されて、
各家庭のオヤツが振る舞われたものだった。





昨年はとある会社の代表取締役、
つまりぶっちゃけ会社社長さん宅だったので、
ゴージャスな二階建てはもちろんのこと・・




三人の娘さん、
息子さんの別々の部屋があったり、
子供部屋には幼稚園にあるような、
室内には舶来品の白木の滑り台とか、
かなりウラヤマシイ遊具やお洒落な机や椅子など、
やはり一般家庭とは
違うアイテムが置かれていたりした・・。





ユミエちゃんち、いいなぁ・・・」





いわゆるお金持ち家庭でも、
そこの娘、ユミエちゃんのお母さんは、
子どもたちが好きらしく、
ツンとした感じでは無かったので、
とても行きやすかった・・。





飾りを作るのが
本来の目的だったのは承知だし・・




けれど、そこのオヤツがまた、
今では珍しくも無いのだろうけど、
サンドイッチの余りで、
パンの耳で作った珈琲味のパンプディングや、
御中元で届けられたらしい
あまり見たことが無いような、
美味なお菓子などが出されたのでありましたが。





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「ユミエちゃんはいいなぁ、
毎日、変わったオヤツが食べられて」





「うんと・・でもそうでもないよ
ママとお祖母ちゃん、仲が悪いしね」





ふーん、と聞いていて思ったけれど -




確かに広いキッチンの脇、
お宅の入り口に近い場所には、
足が良くないようなメガネをかけたお婆さんが、
そのお部屋を使っているらしく-




美味しそうなお菓子を子どもたちに出す時、
ユミエちゃんママは、
そのお婆さんに気遣いをしている様子だった。





『どこもおんなじなんだなぁ・・』





(×_×)ウチみたいな、
昭和中期の典型的庶民の家でも、
家族が多い分だけ小競り合いが勃発していたが・・



社長宅のユミエちゃんちでも、
そんな嫁と姑との争いがあったなんて。




ま、聞いてみなけりゃ分からないものだわと、
ワタシは思ったものだった訳ですが・・。





・・さてはて・・・



そんな平和を絵に描いたよーな昭和中期の、
更にウチにて、
ちょっとした出来事があった・・。





「ちょっと○ちゃんとRちゃんHちゃんたち
今年はウチが、
七夕祭りの飾り付けを作る担当になったのよ」




え!




うそ~?」



・・





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ハート平和の象徴七夕祭り・・・
↓・・こちらでは8日まで開催されています




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