
昔から代々でなど、
何年、何十年とネコを飼っている家だと、
常にいる存在として、
もちろん家族として大事にしているけれど・・。
あまりに身近にいるため、
驚きとか発見とか、
飼っていない家よりは、
より皮膚感覚で接することが出来てしまい、
いわゆるちょっとした新鮮味には
欠ける部分もあるかもしれない。

にゃんこ、猫は飼っていないけれど・・
飼い主的皮膚感覚ではなく、
引きの目線で見ることが出来たりする、かなとか。
そのため、
猫の何たるかとか猫がいかにチャーミングで、
人間に取って必要不可欠だとか、
熱く語ることは出来ないけれど・・
ある程度はちょっと猫好き、
~くらいの曖昧でも
それなりな見方は出来る(かもしれない)。
・・
冒頭から遠慮がちなのは

犬の飼い主さんたちとちょっと違って、
にゃんこの主は熱く猫を語る人が多いから。
そんなにゃんこの飼い主さんは、
何時、最初の猫と出合ったのでしょうか?
大人になってから寂しいからとか、
飼いたかったからちょっと、という
イージーな理由ではたぶん無いと思ったりして。
=^・ω・^=おそらくは、
昔っから自宅に常に居たり、
小さな頃から慣れ親しんでいた人が多いと思うのですが。
そんな家で代々とか系譜とか・・
ワタシが全く関係が無かったのは、
ご存知の方は知っているように、
ウチには野鳥や文鳥などが飼われていて、
いわば猫はそれら鳥類の
天敵だったためだったりしたので・・。
でも、自分のブログのカテゴリー
『続ノスタルジックなお話で』などでも、
お隣の家で飼っていた猫のことを書いていましたが。

幼稚園に入る前に、
お祖母ちゃんと行っていた下宿屋のお宅でだった。

その家には、
後に個性的で不思議な歌を歌って世に出た、
今や司会者としても著名な所ジョージさんに、
本当に生き写しな顔をしていた、
下宿屋の一人娘のおばさんがいたのだけど。
ワタシが一番、好きだったのは、
所ジョージ似の一人娘のおばさんではなく、
同居していた従姉という、
もう一人のおばさんの方だった・・。
従姉のおばさんはとても優しく、
今、考えれば何処か訳あり風の独身者だった。
お祖母ちゃんは、
たまの夕飯当番をサボりたく、
茶飲み話をしに、そこで飼っていた猫を
ワタシが好んでいるのをいい事に -
「○ちゃんが猫を見たいって言ってるからさ」
「見たい」なんつーことは

そんなサボり婆の勝手な理由のダシにされ、
でも、結局はお隣へと婆さんと・・。
ちょい暗くなると、
昼なお暗い年代物の下宿屋も、
ホラー映画のような無駄な暗さと変わり、
その漆黒の闇の中にほの青く光るモノ二つ。
「ねこ、ねこ、おいでおいで」

この呼び方を見てふっと笑うと思うのだが・・。
闇雲においでおいでしたって、
本来が気紛れな猫は普通に警戒し、
そして・・・
こちらが年端も行かない小娘だと認識すると、
馬鹿にして、来ないし、
挙動は見ながら、
つまらない人間だと決定した段階で、
自分が好きな方向に逃げて行ったりして。
その当時のコメディアンで、
売れていたコンビの片割れの名前を付けた猫は、
まだ小さかったけれど、
とりあえず二度、三度、あちらからからかいに、
行ったり来たりするのだが・・
たぶん自分より小さなワタシを、
ふふんという目で見て、
また、シャリンシャリンと首の鈴を鳴らしながら、
また、

犬とならある程度は感情を共有出来たりする、
と感じたりする人間たちだけど、
子ども心に、
猫は犬のようには一筋縄では行かないと、
何度も下宿屋の暗闇に光る目を二つ見つつ、
思ったものでありましたが・・。
・・
m(u_u)m ここでおねがいいたします☆



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