
13日の深夜の地震は、
もう眠ろうかな、などと思っていた矢先で。
震度5強か6弱という規模の揺れは、

家の中で動くことも出来ないほどの揺れだった。
「うーー
神様、助けて下さーい」
小さい声でひたすら祈るばかりで。
古い家はあのような規模だったら、
1度か2度で崩壊するかもー?!
という感じで恐ろしかったです。
すぐに違う場所に住んでいる妹から電話があり、
出られなかったから私からかけ直しした。
その時に京都のお友達で、
皆さんもご存知のマリアさんから、

「1人なので余計に不安なのではと思い
メールしました。お祈りしています。」
「ありがとうございます

・・そう言えばあの震災の時に、
いち早く彼女や
ブログ友達からメールが着信したのを思い出した。
ブログのコメント欄を取りまとめて下さったのも、
ブログ仲間が書き込みをしてくれたのも懐かしい。
「気持ちが穏やかになります
ありがとうございます」

そうお礼の返信をしたのでしたが・・。
何分か経ち、冷静に気づくと ・・
あの時のようにプシューという嫌な音と共に、
電気、ガス、水道という、
生きる上で大事なライフラインが一斉にダメに・・
・・はなっておらず、
電灯もそのまま、水道からも水が出ている。
ガスも点火出来たのが、
私の中では不幸中の幸いだったと思います。

余震、また余震で、
正直、やはり落ち着こうとしても、
続いている揺れのため、
興奮のため2時くらいまで眠れなかった。
「私は弱いなー ・・」
でも、3.11 の時にも、
最大の余震だった 4.07の揺れでも、
その間には震度が3、4の余震が散々あり・・
5以上の強い地震を体験した方なら、
それが常だと

トラウマを越してウンザリしてしまう。
その時に ー
電灯を消したら、
何分かして誰かの声が聞こえて来た。
「大丈夫だから、
家族がいても誰でも一人だからね」
「え?・・・

・・誰でも一人か ・・・
「誰でも一人、誰でも一人」
それは仙台弁で、
思い当たると言えば、
お客様のNさんのお祖母さんだと思った。
私が霊のことで悩んでいると、
あっという間に声をかけてくれる存在で。
そうか、色々あっても、
誰かがいても最終的には一人に至る訳だし・・。
「ありがとうお婆ちゃん」

ようやく眠れた感じだった ・・。

私は凶事を占うタイプではないし、
どちらかと言えばイタコ系の占い師で、
天災の予知は困難

次の日に、
何人かのお客様や友達から、
皆さんのお宅の部屋の惨状、
かなりの物が散らばっている写メールがきて、
ふと思ったのだった。
そう言えば、
あの揺れだったのに、
中の部屋ではあまり物が落ちていなかったし、
壊れたと思ったトースターがまだ使えたり、
冷たいままだったウォシュレットも、
コンセントを入れ直したら元に戻った。
10年前の震災の揺れは長かったけれど、
今回は地域や場所によって、
被害が違っていたようで・・。

昨夜の夜中の声での励ましや、
そう言えば姉妹もいたし、
仲の良い従姉も仙台に帰って来たし。
友達やお客様からの連絡を見て、
ブログのコメントも読んで、
たった一人だけでは無いことにも気づいた。
色々な事を思いながら、
感謝をしたい気持ちになったのでありました。
お婆ちゃんが慰めで言ってくれたように、
確かに人間はゆくゆくは一人だし、
では無くても、
一人を意識すべきなのかもしれない。

特別だとかと言いたい訳ではありません。
目には見えなくても、
私だけでは無く、
お客様に守護霊さんとして、
過去の家族がいたりするように、

あなたを守ってくれている方が、
寄り添っているのだと感じました・・。
福島県沖が震源地だったため、
その付近や宮城県の南部では、
家に被害が出たり、断水が続いていたり、
まだまだ震度6の余波は爪痕を残したまま。
大変なのは嫌なほど分かっているので、
まだ作業中だったり、
店舗の補修をされていらっしゃる皆さん。
余震に気をつけながら、
寒い時期なので無理せずに対応されて下さい。
生きている人々に助けてもらう。
あちらに渡った故人や守護霊に守ってもらう。
否定的で、
ぴんと来ない方も、
いらっしゃるかもしれませんが ー
天災や不慮の事故の際に、
受けた被害が少なかったりしたら、
自覚する事が出来ると感じます。
皆さんがいつも祈る方たちや、
いつも定期的に参拝している神様に、

「皆さん、いつもありがとうございます」
もうすぐ東日本大震災から10年 ー
・・天災は忘れた頃にやって来る・・・
今一度、防災の意識を新たにし、
非常食や水などを見直してはと思います。
・・
すみませんワタシは占い師
・・・地震は続かないで欲しいとも・・・
。。


↓天災は嫌ですがこんな時・・
